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つまらん! [最近のニュース]

あんまり予想どおりすぎて、面白くもなんともない!

どうせなら 「宇宙外生命体」 の発見とか、
地球上のタコはすべて地球外生命体の帰化したものとか、

もっと斜め上を行って欲しかったネ!

「宇宙外」 ってどこかわかんないけどね。。。。


宇宙人かも?! [最近のニュース]

新聞報道(※)によると、日本時間2010年12月3日の午前4時から、NASAアメリカ航空宇宙局が、
「地球外生命体の証拠の探索に影響を与える宇宙生物学上の発見」 に関して会見を行うらしいです。

で、専門の研究者や宇宙人ファンなどの 「宇宙ヲタク」 の間では、
新種のバクテリア発見に関する発表、とか、ついに宇宙人の存在が証明される、とか、
いろいろ憶測が飛び交っているようです。

何が発表されるのかは判りませんが、
UFOブームの頃に宇宙人の存在を否定する専門家が盛んに叫んでいた、
「水不可欠説」 には理解しがたいものがあります。

つまり、生命の維持にはエネルギー循環を媒介する流動性物質の存在が不可欠で・・・・
という論理ですが、

これは地球の理屈に過ぎません。

だいだい地球のことさえ大して解明していないのに、
その僅かに掴んだ地球の理屈を、全宇宙に当てはまる普遍の真理と捉える思考は、
研究者の態度として如何なものでしょうか?

どこまで広いかさえも判らない宇宙には、いや地球にだって
水を媒介としないエネルギー循環や老廃物排出のしくみを持った未知の生物は居るかも知れませんし、
体内には水持ち、それを一切排出しない身体構造・機能を持った生物がいるかも知れません。

それなのに、どうして研究者と呼ばれる人たちは、
地球の理屈の、僅かに判ったごく一部だけで、全てを捉えて結論を出して勝ち誇るのでしょう?
蓋然性への探求心を欠いた、ずいぶん傲慢な思考ですね。

とはいえ今回は、
「証拠の探索に影響を与える」 という微妙に曖昧な中間点的な表現なので、
宇宙人を捕まえた! みたいなハナシではないのでしょう。
地球上の、すごく古いタイプの未知のバクテリアでも発見した程度なのでしょうね。


※ 情報ソース → 2010年12月1日付 『東京新聞』 夕刊 一面。


ブログを整理しました。 [ごあいさつ]

ご訪問ありがとうございます。

当ブログ開設の目的は一番はじめの記事に記してありますが、
そこからあまりに逸れた記事を、削除(下書き保存設定)しました。
それにともない対象の記事にいただいたコメント・nice!も、
無かったことにせざるを得ませんでした。

ご投稿くださった方々には誠に申し訳ありません。
今後とも何とぞご贔屓の程、よろしくお願い申し上げます。

                    2010年11月23日 管理人 敬白
タグ:再生 整理

sengoku38 は犯罪者なのか? [時事批評]

引き続き尖閣ビデオの話。

第五管区に所属する海上保安庁職員がYOUTUBEへ投稿したことを名乗り出たことは、
どなたもご存知のことでしょう。

このことについて、彼を国家公務員法の守秘義務違反で起訴するべきか否か、
あるいは、起訴できるのかどうか、ネット・リアルを問わず様々な意見があるようです。

当ブログ管理人の見解は、こんな感じです。
 ↓
sengoku38 氏の行為は守秘義務違反には該当しない。
よって彼には起訴すべき犯罪事実が存在せず、したがって起訴はできない。

誤解している方も多いようですが、
「内部告発」 でも正規の方法によるものでなければ、公益通報者保護法による保護対象にはなりません。

今回のように匿名で動画投稿サイトに情報掲載することは正規の方法とは言えず、
この場合、告発自体は無効になり、秘密を漏洩させたことは守秘義務違反に該当します。

彼を養護する意見としては、
国民の知る権利を守ったのだから罪に問うべきでない、とか、
義憤に駆られて投稿したのだから寛大な措置を、
などといった声が多いようですが、
まったく見当ちがいの意見です。

では、なぜ彼に犯罪事実がないのか?

そもそも国家公務員法において守秘義務とは、このように規定されています。
 ↓
国家公務員法第百条の一
 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。

お解りですか? 「秘密」 は、漏らしてはいけないのです。
「秘密」 ではない情報は、個人で楽しもうが投稿サイトに投稿しようがまったく自由なのです。
ただし、その情報を利用して脅迫行為に及ぶとかは、別途犯罪を行っているわけですから、それはイケマセン。

で、話題の映像のセキュリティ体制がどうだったのかというと、
海保職員ならば誰でも庁舎・船艇内等から視聴できたとする証言から、
送受信双方のパソコンの登録やパスワードワードの設定など何重にも規制が掛けられていたと言う証言まで、
いろんな証言が挙がっていますね。

ふふふ、わざと情報過剰にして真実を隠蔽して責任の所在を不明瞭にする、
日本独特の 「曖昧システム」 のようです。

みんなが真実をはなしていたとしても、各人が別の時点での状況を説明しているとも考えられますし、
誰か、乃至は何かをかばって嘘の証言をしている、とか、業務命令で偽証を強要されている、
などの可能性もあります。

しかし現実に映像は流出したわけですから、
10月中旬頃までは海上保安庁のサーバーの共有フォルダ内にもあり、
IDやパスワードを更に入力しなくても、
海保の職員ならば誰でも自由に視聴できた、って言うのが、
いちばんしっくりきます。

少なくとも、初めの頃に言ってた 「石垣と検察にしかない」 ってのが真っ赤な嘘だったことは間違いなさそう。

そのデータ、もちろん媒体へのコピーも無制限だったのでしょう。 だからUSBで持ち出せたワケだし。
名乗り出た彼のほかにも個人用のコピーを持って帰ったひとはいっぱい居るんぢゃないかな?
身内や友人に見せたり、コピーして配ったりしたひともいたりして www

こんなに開けっぴろげぢゃ 「機密事項」 でもなんでもないぢゃん www

「秘密を漏洩させた訳ではないので守秘義務違反には該当しない。」、
これが正論です。

そもそも政府は例の漁船の乗務員を全員中国に帰しちゃって、
事件をそのものを 「大したことないコト」 と結論づけたんだから、
その程度の事例に関して 「秘密」 などあるわけ無いニダ!

「義憤」 とか、「国民の知る権利」 とか、
とかく日本人はナニワブシ的な義士道が好きですね。
これも一種の論点のスリカエ。 そしてそれも日本人のお得意とするところ。
まったく困ったモンだね。。。。

感情的な主張は論理的思考能力の欠如を公言しているだけ。
sengoku64 氏やT.トチヂ氏と同レベル。
恥ずかしいだけだから、やめましょう。



流出ビデオについて [時事批評]

今この時にこのタイトル、
もちろんエロではありません。

いわゆる 「尖閣ビデオ」 の話。

やっぱりYOUTUBEに投稿されましたね。
sengoku38氏の投稿動画はすでに削除されていますが、
ニコニコ動画なんかでは転載合戦が起こっていますから、複数の同じ動画がゴロゴロあります。増殖中です。

捨てアドでユーザー登録すれば無料で視聴できます。 捨てアドでOKだから安心です。
まだご覧になっていない方はそれらをご覧ください。
ここに動画ページのアドレスを貼ったりはしません、ヤボですからネ。


さて、この件について、
多くの報道番組で政府の情報管理の甘さと危機管理の甘さが指摘されていますが、そうでしょうか?

一般公開はしないことに決めていた映像が流出したことについては、
たしかに情報管理に抜かりがあったのでしょうけれど、
今回の流出は、動画タイトルとかからしても確信犯であることは明白ですから、
イタズラやセキュリティシステムの不備、
ハッキングとかコンピュータ・ウイルスの侵入によるものとは次元が違います。

有事の時の防衛計画等の流出を危惧する声もあるようですが、
今回の件と同列に論じられるものではないでしょう。

また、そういう性質の動画流出ですから、
動画の流出自体に対して危機管理の甘さを指摘するのはまったく的外れの批判です。
ただし!
漁船ごときに巡視船が簡単に攻撃されしてしまう点については、
まったく危機管理ができていないと言えます。

で、動画の内容なんですが、いやはやヒドイものですね。 でも画質はスゴクいい。
完全に意図的な体当たりです。
明らかに民間船舶による軍事攻撃です!
巡視船を沈没させるまで攻めきれなかったことを、彼らはさぞや悔やんでいることでしょう!

でも、そんな中国の態度よりも腹立たしいのは、
これを隠蔽する日本政府の在り方です。

チャン○ル桜とかの右翼系メディアではない、ふつうの民間放送でも、
一部のコメンテイターは 「日本国民に反中感情を広めないため」 と分析していますが、
まったくその通りです。
日本国民はもっと反中・嫌中・抗中の声を上げ、行動を起こすべきです。
(あ、行動ってのはデモとか署名活動のことね。中国人だけ狙う通り魔とかじゃないよww 武器・暴力ヨクナイ)

インドあたりと仲良くすればレアアースにも不自由しません。ちょっと割高かもだけど・・・・

まっとうな日本人なら誰もがご存知のように、
中国も台湾も歴史上ただの一度も尖閣諸島を領有した事実はありません。
しかも、かつては両政府とも、
尖閣諸島を日本の国土と明示した地図さえ発行しています。

その尖閣諸島を不当に占拠し、
さらには沖縄の領有さえ主張する中国に対して、
日本政府は強硬姿勢を執る義務があります。
それを可能にするのは、「国民世論」 という後盾です。

さあ、日本人よ! 声を挙げましょう! 行動しましょう!
そしてぬるま湯政府を突き動かしましょう!

沖縄の帰属は沖縄人が判断すべき問題です。 まわりが強制することではありません。
日本か、独立か、中国か、沖縄人も声を挙げましょう! 


おまけ
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=mpaPdMGEzx4
このひとの、こういうところだけは好き。


穴掘りについて [最近のニュース]

全世界の注目するあの 「奇跡の救出劇」。 北朝鮮では、どんなふうに報道されているんでしょうねぇ?

ま、それは兎も角。

15人目の救出まで確認してこの記事を入力していますので、
公開される頃には全員救出されていることでしょう。

多少のケンカや、鬱・パニックに見舞われることはあったようですが、
生還した33人、その家族はもちろん、
トンネル掘削・ゴンドラ制作・救出作業を行った方、医療スタッフが一丸となって勝ち取った 「奇跡」。

陽気でポジティブな南米気質と、
リーダー格・ルイス・ウルスアさんの優れた状況判断能力と統率力がクローズアップされますが、
それに加えて他の32人が、
危機的状況でも彼について行けるチームワークを持った方たちだったことが、本当によかったと思います。

って、これで終わったら月並みすぎます。 ここからは、あえて不謹慎なことをいろいろ考えてみます。


遭難者のなかに女性がいた場合、どれだけ統制がとれてたかしら?

遭難者のなかにゲイがいたら、統制はどうなっていたかな?

労災はおいくらかしら? 後遺症はどこまで保障されるの?

そもそも落盤の原因は?
鉱業を推進する政府、鉱山会社、実際に坑道掘削を監修した技師、掘削実務者、、、 責任の所在はどこ?
賠償問題とか、モメそう。

誰もが一秒でも早い救助を願っていたし、当初の予定より所要時間も短縮されているようだけど、
それでトラブルが起こったら、慎重さが足りないとか性急過ぎたとか、身勝手な因縁をつけるんだろうね。

現場から病院へ向かうヘリコプターが墜落したら、世界はどう受け止めるだろうか?

これが 「奇跡」 でもなんでもなく、
「この程度の事故は救出できて当たり前」 って程、救命技術が進歩する必要があるよね。
「どこでもドア」 を発明するとかね。。。。


それから、
遭難した33人の全員生還に浮かれすぎて、はじめに降りた救助隊員さんの引き上げも忘れないでね。


冷戦時代ふたたび? [時事批評]

ノルウェーノーベル委員会が、またおもしろい。

去年、 「核無き世界」 を働き掛けた 「うさ国」 の 「小浜くん」 に対しても、
「平和期待賞」 などと揶揄する声がありましたが、
今年の受賞者も、「中国の民主化はまったく進んでいない」 という点で何も具体的業績のない 「りゅータン」。

受賞者の選考は、各国へ推薦依頼状を送り、その回答結果にもとづいて行われます。
依頼は通常非公開で行われますから、
どういう機関・人物が受理して、どんな基準で推薦して回答するのか判りませんが、
「多大な貢献や影響力ある発言をした人物・団体」 に対して贈ることになっていますから、
期待値だけでも授賞は可能であり、
「小浜くん」 も 「りゅータン」 も、授賞条件に合わないってわけではありません。

抵抗勢力に阻まれて、なかなか理想を実現できずにいるのも一緒。

「小浜くん」 は、時々軍拡路線の施策をするのがちょっと???ですが、
議会や軍部や退役軍人会などの抵抗勢力と戦っているわけで、いろいろ大変でしょうね。

「りゅータン」 の抵抗勢力は、なんと現行政府そのもの。
もっと大変でしょうね。 ってゆうか投獄されちゃってるし。 オオゴトです。

国際的に権威のあるノーベル賞のなかでも、
グローバルな発展・共栄のために最も重要で価値があるとされる平和賞が贈られるということは、
受賞者の思想や行為が正当なものであると、国際社会が認めたということになります。

つまり言い換えれば、
関係各国は揃って中国を敵に回したことになります。

そして更には、
中華人民共和国を国際法に基づき国家承認しつつ 「りゅータン」 の受賞も妥当とするすべての国家は、
「反政府活動を支持する」 という矛盾をかかえたことになります。

ロシアや北朝鮮、それから、いわゆる旧東欧各国や、社会主義を標榜する国などの、
親中的な立場をとる国々がどんな態度をとるか、見ものですねえ。


冷戦時代に逆戻りかな?


アスベスト! [時事批評]

全国的にはどれほど話題になっているのかわかりませんが、
当ブログ管理人が自宅で購読している新聞では、
ここ数日、連日のように「アスベスト入り再生砕石」の記事がトップを飾ります。

再生砕石というのは、建造物を解体したときに廃材として出るコンクリートの塊や、
路面舗装を保全した時に剥がしたアスファルトの路盤材の塊なんかを小さく砕いたリサイクル建材で、
砂利の駐車場や建築予定地に敷設したり、水道配管のクッション材に使用する 「人工の石ころ」 です。

報道されているのはどんなはなしかというと、
市民団体 「浦和青年の家跡地利用を考える会」 (以下「考える会」)が今年5月~8月にかけて、
東京・埼玉・神奈川の一都二県で、駐車場や工事現場・空き地など約130地点に敷設された再生砕石を調査し、
このうち約40地点について詳しい分析を行った結果、
すべての地点から白石綿・青石綿などの有害なアスベストを含むスレート片が検出された、というもの。

ここまでならば、問題は産廃取り扱い業者のズサンな企業体質と、自治体の行政指導のヌルさだけですが、
ちょっとなんだかウサン臭いことになってきました。

情報ソース ; 2010年8月26日付東京新聞、朝刊・1面、いわゆる 「トップ記事」。

新聞報道によると、「事件」 のあらましはこんな感じ。
 ↓
「考える会」 によってアスベスト入りスレート片が発見された、さいたま副都心の公有地を、
埼玉県が8月18日・21日の2度に亙り調査、
また、さいたま市も、考える会に指摘された地点5ヶ所を6月ごろに調査し、
いずれもアスベストを含むスレート片は発見できなかった。

しかし、東京新聞記者により、さいたま副都心の同地点は8月25日に、
さいたま市が調査した5地点についても7月に調査したところ、
さいたま市の1地点を除く全ての場所で複数のアスベスト入りスレート片が確認された

一連の問題について、
埼玉県の上田清司知事は、8月23日の定例記者会見において、
アスベスト入り再生砕石は、チェックしたがなかった、と述べ、
スレート片を見分けられるひとが調べたのか尋ねた記者に対しても、
チェックしたのは産業廃棄物指導課長であり当然見分けられる、という趣旨の答弁をした。

しかし、実際には、
21日の調査を行った産業廃棄物指導課長の小板橋通泰ほか全4名は、
県が職員用教材として保管する、キレイにカットされた建材サンプルのスレート材を事前に見ただけ。
汚濁や風化をともなう再生砕石化されたスレート片の実物は、ただの一度も見たことがなかった。

また、さいたま市は、考える会が調査への立ち会いを申し入れたのを、拒否した。


う~~ん、
事前に真新しいキレイなやつをちょろっと見ただけの者を
当該事案のエキスパートと見做す埼玉県の見識、
その道のプロの立ち会いを許さなかったさいたま市の体質、
わざと発見しないで幕引きを謀ったんじゃなかろうか。
隠蔽工作のニオイがぷんぷんするのだ。



おそろしい映画 [日々の思ひ]

2010年8月10日のおはなし。

7年ぶりに映画を見ました。
正確には6年8ヶ月ぶり、って大差ありませんね。

もともと実写のフィクションがあまり好きぢゃないので、
テレビのドラマや劇場作品のオンエアも、家の誰かが見ているのを通りがかりに断片的に見る程度で、
劇場まで行きたいことって殆んどありません。

ちなみに7年前に見たのはコレ。 2003年に日本初公開された1990年作品。
    ↓

パリ・ルーヴル美術館の秘密 [DVD]
¥5,670
Amazon.co.jp

やっぱり実写フィクションではありません。 で、今回見たのはコチラ。
チケット・プログラム

どしても見たい映画が、この夏だけでなんと2本も有り、なので勝手に2本立て。

この時空の中でひとはどう 「生きる」 べきか? 静かに問われ続ける計3時間あまり。
見たい映画を見ただけですが、このハシゴは大正解でした。


まずは 【老人と海 ディレクターズ・カット版】 9:50~11:30 テアトル新宿にて

1990年/シグロ作品(2010年D.C.) 監督 ; ジャン・ユンカーマン。
冗長な説明と、プリミティブな 「海」 へ意識誘導を妨げる闘牛シーンをカットして、
ほんの少しだけ短くなった20年周年記念版。

ヘミングウェイの名作小説を、舞台を日本の与那国島に移し、脚本無し、演技無し、リハーサル無しで映画化。
プロの俳優を一切使わず、出演者は全員島の一般人、しかも全員本名で本人の役で出演。
ようするに 「ドキュメンタリー映画」 です。

エンジンこそ積んでいるけれど大人ふたり並んで座れない昔ながらのサバニを操りカジキを追う、
82歳の漁師のものがたり。

「生きる」 ことの意味を正面から、しかし淡々と問う映画です。
本音を隠し建前かざり、要領よく世渡りするのが賢い選択と考えて、
カラッポの命をうすっぺらく演じている方に、この映画は理解できません。
ってことは、本当に見るべきは、そうゆうふうに生きている方ですね。

顔のアップやロングのカットが多くて、半身ぐらいのショットがもっとあると、さらに迫るモノがあったかも。。。。

海へ還ったじいちゃんが乗っていたサバニは今、与那国島の久部良公民館に展示されています。

さあ、ほんものの 「命」 に逢いに、映画館と与那国島に行かなければなりません。
これは現代に生きる 「まっとうな人間」 に課せられた義務です。

さて、『老人と海』 が終わり、次の映画館で座席をリザーブ。

2本目、借りぐらしのアリエッティ】 15:30~17:15 新宿ピカデリーにて

2010年/スタジオジブリ作品 監督 ; 米林宏昌  言わずと知れたジブリの新作。

恐らく、 「まんが映画」 とゆう呼び方が廃れて 「劇場用アニメ」 とか 「アニメ映画」 と呼ばれ出した頃から、
アニメで伝えるべきもの、アニメでならば伝えられるものについて、
作り手も受け手も認識が変わってきたと思います。
そうした時代の趨勢から外れて、いまだ古いタイプの 「まんが映画」 の認識を持ち続けている方にとって、
これほどつまらない映画はありません。

ま、ナウシカ (これはジブリ作品ぢゃないけど) 以来ジブリ作品はみんなそうですけれど。

ジブリ作品の特徴の一つである 「作画の美しさ」 について、当ブログ管理人は常々、
家庭の小さいテレビで見ると色もカタチもゴチャゴチャしすぎて却って煩わしいと感じており、
劇場の大画面で見る映画と認識していましたが、リアルとメルヘンのバランスがなんだか微妙で、
映画館で見たいと思ったのは、『猫の恩返し』 (リアル2 : メルヘン8) に続いて2作目でした。

で、今回のは、リアル8 : メルヘン2。

「生きる」 ことの意味をやんわりと問いかける映画です。
(以下略

これまで以上の大人アニメですね。
小学校高学年以下では何がいいのかワカラナイでしょう。
いや、それ以上でも理解できるか否かは当人次第ですがね。。。

ずいぶん前に聞いたはなしでは、宮崎駿さんは 『方丈記』 をアニメ化する夢をお持ちらしいので、
こども向けアニメを作る気は、はなっからないのでしょう。

ひとりの中年女性が、絵に描いたような (絵で描かれてますけどw) ヒールとして登場します。
物腰・表情のつくりかた・発言・行動、すべてが狡猾で傍若無人。
映画は、そんな人物像を冒頭の自動車の止め方で直感的に伝えます。
この女性の食事を執るしぐさは、ほんとうに 「醜悪」 の一言です。
しかし、最凶であると同時に、「ごくふつうの人」 なのです。

そして、ひとりの少年が登場します。
彼は無知ゆえの短慮と残酷さをそなえ、ためらいなくことばを発し、また行動に移していきます。
それは良く言えば 「度を超えた純粋さ」 であり、それゆえに主人公に味方することになりますが、
その意識の変革には、少なくともあと20分、何かエピソードが必要です。
この映画は、少なくとも、もう20分長くなければいけません。

もうひとり、初老の女性が登場します。
彼女は、一見良識と善意の側にいますが、
誰にも肩入れしない徹底的な没干渉・傍観に徹しており、決して理解者でも救護者でもありません。

この三者のあいだで追いつめられて行く、ひとつの家族のものがたりです。
だんごむし、かわいいです。

同族と他者、自然と人間、雇用者と使用人、独占と共有、
挑戦と諦念、近代文明と原始文化、
敵意と過保護、積極的接触と没干渉、短慮と狡猾、偽善と脅威、
エトセトラ、エトセトラ、

単純な二極対立を積み重ねて複雑に絡み合った物語の主題が表現されています。
もはや多くの人間は、この映画が投げかける問題を解決する術を失っているかもしれません。

なんだか原作の書評みたいですが、小人シリーズ全部読んでて記憶が混ざっているので致し方ありません。

あえて一言いうなら、
そもそも物語の舞台を日本の小金井に移しているのですから、
も少し料理しても良かったように思います。
「足りない20分」 として、原作にはないエピソードを追加するとかね。

ともあれ確かに 「今」 は、この映画を作るべき時代です。

さあ、行きたいけれどまだの方はもちろん、
↑を読んで見る気の萎えた方も、もともと行く気のなかった方も、
ある意味 「押井節」 以上に 「重い」 アニメです。 映画館へ行きましょう。


どなたかこの 「恐怖の二本立て」、真似してみませんか? 決して損はしませんことよ。



敗戦記念日に寄す [日々の思ひ]

銃の国の自由を許すな。

「戦争に勝つ」 ということ。
それは相手に戦闘を維持できないほどの被害を与えること。
相手が戦闘意欲を失うほどに加害すること。
そして戦争に勝ち、被害者となって敗戦国を牛耳る。

「戦争に負ける」 ということ。
それは、このまま戦闘状態を維持できないほどに加害されること。
戦闘意欲を失うほどの被害を受けること。
そして戦争に負け、加害者となり戦勝国に蹂躙される。

なんだか矛盾していないか?

新型爆弾をぶちまけた鬼畜邪道国家は今日も世界のあちこちで、
自分勝手な正義を振りかざして残虐非道を繰り返している。

銃の国の自由を許すな。

一体いつから 「空襲」 を 「空爆」 と呼び代えたのだ?

テレビやラジオも、あの戦争を顧みるのはこの時期だけ。
空爆で命を落とした非戦闘民は全国各地に眠っている。
たとえその実態が、
日の丸を振って心から兵士を送り出した戦争推進派であったとしても、
それぞれの日に、この国の民は、
今のこの時期ほど戦争を振り返ることはない。

わずかな装備で突撃を敢行し、 「玉砕」 と謳われたた兵士たちも、
大本営に見捨てられて時間稼ぎのために無駄死にを強いられただけだ。
前線を知らない軍部のお偉いさん達に利用されたに過ぎない。
そうした戦闘計画の過ちは顧みられることなく封印されて、
ただ感傷的な自虐史観の下に、敗戦国の汚名を甘んじて受けている。

反省すべきは反省せねばなるまい。
しかし、傲れる者の慢心は決然として糺さなければならない。

銃の国の自由を決して許すな。
銃の国の自由を決して許すな。
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